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組織に潰されずに自由さを手に入れ自己実現の道を歩んでいる人
少し間空いたけれど、頑張って記事を書いていこう!!
以前も書いたけれど、最近副業も含めた独立し会社を起業する人が増えてきた。
長年わたり大手企業に勤め、経験を積んだ30~40代で起業する人が多くなってきたように思える。
彼らに共通していることは、「熱意」だ。
大企業に属していると、出来ないことが増えてきて大きな「壁」にぶつかる。
大企業だから色々研究できると思ったら大間違い。
当然自分のやりたいことと会社の方針とは違ってくる。
その結果、上司とぶつかり不自由さを感じてくる。不満が蓄積してくる。
そうなると、「自分でやってやろう!!」という気持ちが生まれ退職の道へ突き進む。
内心は大手企業に勤めていたほうが給与は安定し世間体も良いという心の声もある。
だけどそんなことよりも最終的には「自己実現、自己追及の自由さ」が欲しいのだ。
考えた末、自分の心に従う=退職を選択する。
これが一般的に言われている「熱意」に繋がってくるのかもしれない。
ここでさらに感じたことは、
イノベーションが大企業で起こりにくいのは、
こうした人たちの心を不自由させているから生まれないのかもしれないと思った。
つまり「大きな組織」の存在自体が内部からのイノベーションを阻んでいるように感じた。
一般的に大企業では新しい文化を取り入れにくく、既存ユーザーを優先しているから対応に遅れ
イノベーションが生まれないという。
確かにそうなんだけれど、
大企業を退職し独立した人たちを見ると、崖から飛び降りる覚悟で退職・起業しているので
「やってやる!!」
「好きなことをとことん追求する!!」
という声がとても多いことに気が付く。
はは~ん。(*'▽')
貴方たちは今までやりたいことが出来なかったのね!!
我慢していたのね!!
と思っちゃうわ。
こうした人たちのエネルギーはとてつもなく大きい。
よく優秀な人材から辞めていくと聞くけれど、
優秀な人材というよりは、やりたいことが出来なかった人が活路を探し求め自己実現のため独立を選ぶ。
こういう覚悟だからこそ、新しいものが形となって生まれる。
そして続けられる。
ということで、
イノベーションを起こす人は、
組織に潰されずに自由さを手に入れ自己実現の道を歩んでいる人だわ。
当然、途中で会社を辞める運命になっているのかもね!( ´艸`)
重心のずれが、別のところに負荷をかける
そうそう、
「ものづくり」でもう一つ重要なこと。
それは、「水平出し」。
モノマナでは、温度調整や振動・・など加工物に影響を与えると書いていたが
もう一つ忘れてはいけないのが「水平出し」。
これを怠ると、
正しく加工や測定ができないのだ。
高精度になればなるほど、この「水平出し」の出来が精度に影響を与える。
アライメント調整の重要な一つ。
しかも水平出しをする場所は何か所も存在する。
テーブルだったり、加工物の位置や各保持をする治具の場所だったり。
とにかく多くの箇所で水平が求められる。
これが、特にミクロの世界では異常値に繋がってしまう。
また加工中や測定中は、上下や左右に装置が頻繁に移動する。
傾いていることで、安定して移動ができないのだ。
水平でないということは、重心がずれていること。
この重心のずれが、別なところに負荷をかける。
結果、異常な動作や正確な位置が変わってくる。
今回は、水平出しに悩まされたわ~~。
この調整が上手く出来たことで、装置が安定した。
と~っても大切なことです。
実験の積み重ねが理論と現実を近づける
最近、気が付いた。
理論派の人は、理論をもとに現実を当てはめようとする。
これ自体は間違いではない。
だけど、現実は思ったような理論では進まない。
なぜなら他の要素が影響しているからだ。
これらを無視すると、頭でっかちの机上の空論になる。
だからこそ実験を積み重ね、理論と現実を近づける必要がある。
この「実験の積み重ね」はとても重要な作業。
しかも実験には膨大な時間と多少の費用が伴う。
この作業は重要にも関わらず、時間と費用で簡略される場合もあると思う。
つまり理論と現実の一致には時間がかかる。
ものづくりでは、理論と現実の差がよく起こっていると思う。
設計と生産で意見が衝突する要因もその一つでもある。
設計通りに加工品が作れないからだ。
その要因は様々。治具、素材、環境、条件だしなどなど。。
理論と現実が一致したならば問題ない。
一致しない場合は、設計者はもっと現場を見てほしいと思う。
設計者は「理論が一致するはず・・・」という思いがとにかく強い。
本来一致するはずが、なぜか一致しない要素が現場では起こっている。
その原因を探りあててほしいな!!←他人任せではなくて。。(>_<)
ちょっと重要な内容なので書きました。
正しく判断できるものって無いのかもしれない・・・。
ものづくりって、
考えれば考えるほど、「何が正しいのか?」という疑問にぶつかる。
特に計測機関係の仕事をしていると、その関係者の多くはこの問いを考えていると思う。
今日もそんなことを思った。
装置は、多くの部品を組み合わせているので必ず「誤差」が起こる。
許容範囲の「寸法公差」というものがあったり、
組み立てによる誤差、作業時の誤差、環境の誤差・・・・などなど
誤差というのはあちこちで発生し、なかなか0(ゼロ)にならないのが現状だ。
むしろ「誤差」が積み重なっている状態だ。
ただ誤差は解析ができる。
物理的な限界で誤差が生じているなら必ず傾向があるから。
誤差を分析し傾向が掴めればソフトで補正ということが行われる。
もしこの補正作業がなければ、装置は正常に稼働してくれない。
現代は、ソフトで多く誤差を数値修正できる時代。
修正できるからこそソフトに頼ってよいのか?とも思う。
ソフトだけでは「本質」が見えにくくなっている気がする。
ソフトの場合、何かしらの理論のもとプログラミングに反映されているが
その理論に足りない要素があればそれは誤差や誤作動につながる。
ということは、ソフトも万能ではなく何らかの起因で誤差や誤作動は起こる。
ソフトの場合、何かしらの理論のもとプログラミング
となると、
装置というハードも誤差が起こり、ソフトも誤差はある。
う~ん。。
正しく判断できるものって世の中は存在しないのかもしれない・・・。と思う。
今後AIが日常にもっと浸透してくるけれど、
人はAIが間違っていると判断できるのかしら?
AIが正しいと言い切れるのかしら?
そんなことを思いました。
展示品・デモ機を売り切ってしまうと、販路拡大は止まってしまう。
新技術の事業化って本当に難しいと思う。
「魔の川・死の谷・ダーウィンの海」で象徴されたように、新技術事業化は多くの困難や課題がある。
これらの困難を乗り越えられるには、協力者も含めずっと続けられる環境がもてるかが重要である。
「魔の川・死の谷・ダーウィンの海」とは?
(下記は、AIより。)
魔の川
死の谷
ダーウィンの海
と、AIに回答してもらって
先日、とある社長さんと話をしていて気づいたこと。
これは「ダーウィンの海」だと感じました。
基礎研究から応用研究や技術開発に成功し、
さらに製品化したものを市場で定着させるには長い時間がかかる。
この期間が最低でも数年以上と思われる。
定着させるには、先ず製品化するにあたって「デモ機」というものが作られます。
デモが出来ないと、紹介ができないもの。
これは、家電量販店の「展示品」のようなもの。
新発売のPCやカメラ、掃除機、冷蔵庫などは自分の目で見て確かめたい。
だから展示品は必要。
実際にお客さんに見て触って機能を確認してもらう。
また大勢に認知してもらうには、「デモ機」「展示品」はとてもとても重要。
と、同時に企業側は「デモ機」「展示品」を別の視点で考えている。
価値があるうちに上手く売り切ってしまいたい!!と実は販売側は考えている。
そのタイミングを常に見計らっている・・・。
多くの人が買ったことがあるでしょう!!
「展示品」「アウトレット品」としてね。
製品の販路拡大は、中小企業の場合はデモ機や展示品が作れるか?が最初の課題になる。
製品にもよるけれど弊社のような光学業界ですとデモ機でもそれなりの金額。
内容や精度にもよるけれど、数十万~数千万円までと、これまた幅広い。
とにかく数百万以上ですと、デモ機は製造出来てもせいぜい1台。これが精一杯。
しかも製品化1号(初号機)のデモ機は、すぐに市場から洗礼を受ける。
「あれはできないのか?この機能はないのか?」
「これでは使い物にならない・・・。」
などなど、製品化してもすぐに要望に応えようと改良がおこなわれる。
販売開始しても簡単には売れないので、改良費がかかってくる。
つまり、製品化して販路拡大をするにあたり、
①デモ機・展示品の費用調達
②PR後も改良(研究)がひたすら続くのでその改良費用の調達
③広告・営業費など、人件費もかかる。
運が良い会社は代理店が「デモ機」を買ってくれることがある。
そして代理店と一緒に販路拡大を図る。。
しかし、ある程度時期が過ぎると、
代理店もこの「デモ機」を売り切ってしまいたくなり、
ついつい販売してしまう。
となると・・・
「デモ機」が無くなる・・・。
そうなると、販売は続かなくなる・・・。
さらに資金がなくなると、販路拡大はここで止まる。
つまり、
「デモ機」「展示品」は作り続けないと、売れ続けないのだ!!
売れ続けなければ、認知度は上がらない。。
お話を聞いた社長さんは、
販売代理店がこの「デモ機」を売り切ってしまって、
研究や販売が続かなくなるパターンが実は多いという。
なるほど~~!!
こりゃ~「ダーウィンの海」だわ!!
マクロで通用していたものは、ミクロでは通用しない
あら~~。
気が付いたら、少し時間が空いてしまった。
本当に記事を書く時間が少なくなってきた~。
世の中、本当に人手不足だわ。
それでも頑張って、続けていこう!!
最近は会社で、とにかく実験していた。
実験でよく感じていたのは、
ミクロとマクロって、本当に求められていることが違う。
マクロで通用していたことが、ミクロでは通用しない。
だから同じ装置で大きなものと小さなものを測ろうとすると
色々な問題にぶつかり、複数の「限界」というものを見ることになる。
だから今までも何度も書いていたけれど、
1台で小さいものから大きなものを兼ね備えて測定するものは出来ない!!
定規1つだってそう。
建物のような大きなものはメートル単位。
顕微鏡の世界は、ナノメートル。
ほらね。
定規だって、ナノメートルから数十メートルまで1本で対応できるものは存在しない。
建物全体を測れる定規と建物に潜む細菌を「同時に測れる定規」は作れない。
大きいものはその大きさから重量を支えたり、歪みが起きないようにすることが重要になる。
対して、小さいものは敏感さから、部品の精度を求められる。ちょっとしたズレが影響する。
ピントを合わせるのだって一苦労だし、水平さだって求められる。
経営者は、幅広く対応できるものを望む。そしてコストや生産性も気にしている。
だから1台で何でもできるものを選び、そのことをPRしたい。
でも実際は、真逆で大きいもの専用、小さいもの専用の方が生産性は上がる。
ただし初期費用は少し高めになってしまうけれど。
設備投資は、本当に難しいね!!
ものづくりで学んだこと